「それ、どこの服?」
誰かに会ったときに、ふと聞かれることがある。
そんなとき、すぐに答えられない服もある。
でも、それってたぶん、“名前”じゃなくて“雰囲気”で気になったってことなのかもしれない。
昔、アパレルショップで働いていたころ、
ある男の人と話していて、こんなことがあった。
ロサンゼルスに仕入れに行くたびに色々なセレクトショップにもリサーチがてら行っていたんですけど、そこでヒトメボレで買った5万くらいのバッグ。当時の私には物凄い勇気で買う金額だったけどなんといっても心躍るかわいさであとから調べたらちゃんとしたブランドだったみたいで。
そんな話をしたら、「え、知らないブランドでその金額をその場で買うのってすごいですね」って。
たぶん、その人にとっては“知ってるブランド”が安心材料だったんだと思う。
私は、ただそのバッグを見て「かわいい!」って思ったから買った。
その時、自分の“かわいい”に迷わずいけたことが、ちょっと嬉しかった。
そういう“感覚”で選んだ自分を、ちょっとだけ満足感を感じた。
そしてそのバッグは今も重宝していて、マイお宝の一つ、私らしい一品となっている。
今って、服もアイテムも、名前やブランドが重要視されることが増えてきた気がする。
でも、ふとしたときに手に取ったものが、
実は知らないブランドだったっていうこと、ありませんか?
そのとき「なんか好きだな」と思えた感覚って、
意外と間違ってなかったりする。
“なんとなく良い”じゃなくて、
「こういうの、いいな」ってふっと思った気持ちを信じてみる。
もちろん、ブランドを信頼していてそのブランドのものを選ぶのも全然アリだし、そこに価値を感じるのもわかる。
でも、個人的には、「こういうの、いいな」ってふっと直感で思った気持ちを信じてみるのも素敵だと思うし何より自分が楽しい。
もちろん有名なブランドや流行も素敵だし、それが大事なこともあるけれど、それだけがすべてじゃない。
「誰かが認めた正解」じゃなくて、
自分の“好き”に、ちゃんと反応して選ぶ。
そういう買い方をしてる人を見ると、素直にいいなって思う。
ViV LiBは、有名ブランドじゃないし、
服を見ても「どこの?」ってすぐには分からない。
だけど、素材を見て、シルエットを着てみて、
想像以上でした!ってお言葉いただくこともあって凄く嬉しい気持ちになる。
それは、
派手じゃないけど雰囲気があるとか、
シンプルだけど存在感があるとか、
そういう“言葉にしにくい違和感のなさ”みたいなもの。
岡山の老舗工場で織られたセルビッチデニム、
強度と品を持つ縫製。
一つ一つのディテールが積み重なって、
その人の空気と重なったときに、ようやく“服”になる。
それを“知ってる人にだけ伝わる”くらいの距離感で作っている。
「なんかいいね、それ」って言われたとき、
すぐに説明できなくても、それでいい。
むしろ、“どこの?”って聞かれるくらいのほうが、
ちゃんと自分の直感で選べるセンスのよさが、しっかり伝わる気がする。
タグで語る服じゃない。
でも、“それどこの?”って聞かれて、ちょっと困るくらいがちょうどいい。
「なんかいい」って感覚、ちゃんと信じて選んでいきたい。
こういう感覚を大切にして、そう思う人のための服をこれからも服を作っていきたいと思っています。